みらいスケッチわが家の記録
不登校

不登校の時間を「止まった時間」にしないために①

まずは、ない時期があった

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わが家では、子どもが学校に行かなくなった時、まず家を落ち着ける場所にして休むことを優先しました。すぐに何かを始める話ではなく、およそ1か月ほど様子を見ながら、私も焦りや迷いを抱えていました。子どもの状態が落ち着いてから、みらいスケッチを「やってみようよ」と誘った話です。

目次 · 4項目

「お腹が痛い」と帰る日々

学校に行かなくなったのは、ある日突然のことではなかった。わが家では、最初は「お腹が痛い」と言って学校から帰ってくることがあった。それが本当に体調不良だったのか、行きたくない気持ちを別の形で表していたのか、当時の私にははっきりと分からなかった。ただ、そうしたことが繰り返されるうちに、学校に行けない状態が少しずつ深刻になっていった。家族にとって、世界が止まったような感覚もあった。

ある時、私は本人に直接「本当は学校に行きたくないの?」と聞いた。子どもは「うん」と答えた。同じやり取りの中で、「もう心がバラバラ」とも口にした。

家を安全基地にしておこう

その返事を聞いて、私は家を安全基地にしておかなければと考えた。学校に行けない時期にも、家で落ち着いて過ごせるようにする。いつでも何でも言えて、何でもできる場所にする。私たち親も、いつ話しかけられても、どんな話をされても聞く体制をとる。まずは落ち着けるようにして、休むことを優先しようという方向は、その時に明確になった。すべての答えを最初から持っていたわけではないが、方針を決めた。

その方針を決めても、親としての焦りや迷いは残った。それでも、およそ1か月ぐらいは、子どもが少しずつ落ち着いてくるのを待った。学校を完全に断ったわけではなく、しばらくそっとしておいてほしい、家で様子を見るという趣旨を伝えた。この1か月ぐらいは、学校とは何も話さなかったと思う。

信頼するカウンセラーに相談

不登校に詳しく、信頼しているカウンセラーをもともと知っていたので、すぐにその人に相談した。そこで医療機関への受診を勧められ、子どもは思春期外来を受診した。私自身、精神疾患で精神科に通っていた経験があったので、必要なら早い方がいいと思っていた。

時間が経つにつれ、子どもの状態は少しずつ落ち着いてきた。落ち着いてきた段階で、学校とも話をした。これから学校とどう付き合うか、どのくらい行くか、学習室への登校を試してみるか、といったことを相談していった。

元気を取り戻してから

そして、かなり元気を取り戻した頃だった。学校に行かない時間はたくさんあり、実際にはYouTubeやゲーム中心の生活になっていた。その時間をどう過ごしていこうかと考える中で、私はみらいスケッチという仕組みを作り、「こういうのを作ったから、やってみようよ」と誘った。

みらいスケッチを始めた頃には、子どもはもう動けない状態ではなかった。わが家にとって、それは無理に動かすための仕組みではない。動けない時期には休む。そして、元気が戻ってきた時に初めて、次の生活を少しずつ作っていく。休ませ続けるか、早く動かすかの二択ではなく、子どもの状態に応じて時期が違うということだ。

次回は、YouTubeやゲーム中心だった時間の中から、日常の行動を「クエスト」として見える化し、家の中に動く仕組みを作っていった話を書きたい。

長島敏行(みらいスケッチ代表)自宅で小学生の子どもと「みらいスケッチ式」の子育てを実践しながら、その記録を発信しています。うまくいった日も、見立てが外れた日も、そのまま書きます。書き手の自己紹介を読む